川崎の地名一覧
「古事記・日本書紀」の中の川崎①
●「古事記」「日本書紀」の虚実 戦争中の歴史教科書では, 「神武・・・今上」まで124代にわたる天皇 制とそれ以前の"天照大神宮神話"を軸にしたものだった。そして戦後は それは全面的に否定してきた。し...
初の「サラリーマン住宅街」②
●そのころ川崎の住居は“借家”ばかりだった 昭和の前期,言い換えると戦前・戦中期の川崎の住宅は,ほとんどが「借 家」か「間貸しアパート」だった。そこに急増した臨海部産業の労働者が 住んでいた。持ち家は,家主の...
初の「サラリーマン住宅街」①
●「労働者」の町として発展した川崎市 大正14年、誕生した川崎市は、門前町の大師町・駅近辺の川崎町と行幸 町で形成されたが、ほとんどが農作民で、それに新しくできた臨海部工業 の労働者が急増しつつあるとい...
「ニケ領用水」四百年—-そもそも「二ヶ領」? ②
●「二ヶ領」とは何だろう? 「二つ」の「領」ということだろう。しかしそもそも「領」とはなんだ? 当時のというのは・室町・戦国時代, いいかえると中世の終ごろ、それは 荘園制度の終焉のころ。したがつて“地名“に...
「ニケ領用水」四百年—-そもそも「二ヶ領」? ①
●川崎に初めての「検地」 戦国時代は武士が「群雄割拠」して争った。そしで織田信長・豊臣秀吉・ 徳川家康によって「天下統一」をとったのはご存じのとおり。その戦国時 代の典型児とされたのが小田原北条氏をお...
「ニケ領用水」四百年—-三度の「産業革命」①
○日本における「産業革命」の地・川崎 イギリスのことではない。日本にも「産業革命」があった。それも「三度 の産業革命」があった地域は珍しく, 川崎の臨海部はその地域だった。そ の一つは塩業であり, 2度目...
「ニケ領用水」四百年—-「いくつかの“分水”」②
○「久地円筒分水」から「小杉分水」。そして「鹿島田分水」へ 「久地円筒分水」を過ぎて,「二ヶ領用水」の本流は小杉でまた2分され る。その一つは本流として鹿島田へと流れる。そしてもう一つは,鶴見川 を渡り,...
「ニケ領用水」四百年—-「いくつかの“分水”」①
○最初の"分水"は「久地」で 多摩川の水を 2つの取入れ口から導入した「二ヶ領用水」は、多摩丘陵 の傾斜を下り溝の口地域で平野部に入る。そこは久地。 ここ「二ヶ領用 水」は、本来の目的である武蔵国橘...
「ニケ領用水」四百年—-「むかでがわ・観音川」②
○それは名もなき「ドブ」だった。 新川堀から皐月橋あたりで分かれた「観音川」。二ヶ領用水の分流の一つ である。しかし「観音川」と呼ばれたのは、「川」らしくなるあたりのこ とで、それまでは「川」でなく「...





